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ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)/エレキギタリスト名鑑

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そのギターでロック音楽そのものを刷新した“総ての始まり”

出生:1942年11月27日
出身地:アメリカ ワシントン州シアトル
ジャンル:ロック、ブルース
活動バンド:THE JIMI HENDRIX EXPERIENCE,BAND OF GYPSYS,他
主な使用ギター:フェンダー・ストラトキャスター、ギブソン・フライングV、他

おすすめCD

Are You Experienced/THE JIMI HENDRIX EXPERIENCE(’67年)


ロックの常識を覆すへヴィなリフに神懸り級のソロを満載。「Purple Haze」「Foxy Lady」「Fire」等を収録。

おすすめ動画

Purple Haze

略歴

ロック・ギターの革命児であると共に、ロックそのものを革新したギタリスト、ジミ・ヘンドリックス。彼がいなかったら、間違いなくロックもロック・ギターも、今とは違う形になっていたはずだ。
ブルースやR&Bのマナーを独自に発展させたプレイスタイル、ファズやワウ・ペダルな加えてスタジオ・エフェクトも駆使したサイケデリックで宇宙的なサウンド、過激なライヴ・パフォーマンス、’60年代サブカルチャーの象徴ともなったファッション、幻想的な歌詞等、僅か4年弱の活動期間に彼が遺していったものはあまりにも多く、大きい。

独学でギターを習得した彼は、高校時代にバンドを組んで活動を始めたが、17歳で兵役に就く。落下傘部隊が彼の配属先だったが、26回目の降下の際に足首を骨折、そのために除隊となった。軍隊では生涯の友となるビリー・コックス(b)と出会っている。
その後、アイズレー・ブラザーズ、リトル・リチャード、ウィルソン・ピケット、カーティス・ナイト等、多くのアーティストのサイドマンを務め、ニューヨークで、自らのバンド、ジミー・ジェイムズ&ザ・ブルー・フレイムズを結成。そのジミに目を付けたのが、バンド活動に見切りを付け、プロデューサーになろうと目論んでいたアニマルズのベーシスト、チャス・チャンドラーだった。彼は、ジミをイギリスでデビューさせる計画を立てる。

こうして’66年9月、ジミはロンドンに降り立った。そしてすぐにメンバーを探し、ノエル・レディング(b)、ミッチ・ミッチェル(dr)と共にジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスを結成。12月にはデビューシングル「Hey Joe」をリリースした。また、ライヴではそのプレイのみならず、派手なアクションでも観客の度肝を抜き、瞬く間にロンドンのロック・シーンの風雲児となった。エリック・クラプトンやジェフ・ベック等も、彼のステージを見て大きな衝撃を受けている。
その勢いそのままに、’67年3月にリリースされた「Purple Haze」は全英3位を記録。彼等の地位を確固たるものとした。5月にはデビューアルバム
Are You Experienced』がリリースされ、全英2位を記録する大ヒットとなった(後に発売されたアメリカでは5位)。

6月には、故郷アメリカのモンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァルに出演、ストラトキャスターをアンプにこすり付け、床に叩き付け、破壊し、火を点ける一世一代のパフォーマンスを見せた。12月には、2ndアルバム『Axis: Bold As Love』を発表、全英5位、全米3位を記録した。’68年には彼の代表作となった『Electric Ladyland』が、2枚組にもかかわらず、初の全米1位に輝いた(全英は6位)。翌年にはニューヨークで、彼の夢の城となるべきエレクトリック・レディ・スタジオの建設に向けて動き出している。しかし6月、レディングの脱退により、エクスペリエンスは突然幕を閉じる。

その後、彼は実験的な大人数バンド、ジプシー・サン&レインボウズを結成し、8月のウッドストック・フェスティヴァルにトリとして出演。そこで演奏された「The Star Spangled Banner」(アメリカ国家)は、ヴェトナム戦争の泥沼に足を踏み入れた’60年代のアメリカをギターで表現するかのような名演となった。

しかし、レインボウズはその後すぐに自然消滅し、秋頃には同バンドにも参加した旧友のビリー・コックスにバディ・マイルス(dr,vo)を加えてバンド・オブ・ジプシーズを結成。スタジオ盤は完成に至らなかったが、フィルモア・イーストでの年越しライヴを収録したアルバムを翌年リリースした。

だが、このバンドも間もなく空中分解。そこで、マイルスの替わりにミッチェルを引き戻して、新生エクスペリエンスとして活動を再開した。’70年8月には、イギリスのワイト島での、第3回ワイト島フェスティヴァルにも出演している。

そのすぐ後の9月18日、ジミはロンドンの恋人宅で、睡眠中に嘔吐物を喉に詰まらせて急死した。こうしてロック史上最高にして最大の伝説が幕を閉じた。
27歳だった。

関連書籍

書籍「ジミ・ヘンドリクスかく語りき

ジミ・ヘンドリクスがミュージシャンとして頂点を極めた、1966年から70年までの4年間で行われた珠玉のインタヴューが一冊にまとめられています。
日付順に整理したインタヴューとともに、ヘンドリクス本人が書いた自伝的エッセイ、1968年3月7日にヘンドリクスが関わった公判前審理、1969年12月8日のカナダでの裁判証言記録も再構成して掲載されいます。

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